甘え上手は自立上手

 

自立と依存は決して対立するものではなく、あるところで人を頼ることで、片方では自立ができます。

依存のない自立は孤立に過ぎません。依存する対象がいて、そこに自立があるのです。

 

精神分析家のWinnicott は、依存を二種類に分けて「絶対的な依存」と「相対的な依存」に区別しました。

「絶対的な依存」とは、客観的にみると人に依存していなければやっていけないにもかかわらず、

自分は相手に依存している自覚がない状態を言います。

この状態にいる人は、依存している自覚がないので、相手への気遣いも感謝もありません。

周りがいろいろやって依存させてあげるのですが、本人は全部自分の力でやっていると思っているので、

逆に本当の意味で人をうまく頼る、助けを求めることができません。

 

ところが、「相対的な依存」の関係というのは、本人も相手に頼っていることに気付いている関係です。

誰かに頼らなくては一人やっていけない、そういう自分のある種の無力さ、

ヘルプレスな気持ちにどこか気付いていて、誰かに頼ることでなんとかやっていこうとします。

ですからこの場合、依存する相手がいなくなると非常に心細く不安になります。

依存している、頼っていると分かってくるために、このような分離不安が起こります。

人の発達でいうと、大体生後1歳半から3歳くらいに起こってきます。

この相対的な依存の意識があって分離不安があるから、頼れることのありがたみも分かり、

思いやりも抱けるようになるのです。

 

人の心の発達において、自立の始まりはこの相対的な依存を自覚できることです。

いちいち求めなくても程よく与えられ満たされる絶対的な依存の状態を経て、

「お母さんがいないと心細いし、困るな」という分離不安を少しずつ経験し、

独り立ちができるようになるのです。

十分に与えられ大事にされる存在であるという自信と、求めれば得られるという人への信頼感があってこそ、

不安を抱えながらも多少の挫折にめげず一歩を踏み出していけるのです。

 

人は年齢を問わず、甘えられる、頼れる対象を一生必要とします。

甘える依存し合える相手や仲間、対象となるものを上手にもっていける人が、

孤立せず心の健康を保っていけるのでしょう。

一方で、人は誰でも依存に関する不安も持っています。

不安が強すぎると、ひがみやひねくれが生じて耐えられなくなり、益々頼れず孤立していきます。

自立とは、ひとりで全てのことができることではなく、自分の至らなさや無力さを認めた上で、

上手く周りを頼れることでもあるでしょう。

 

とはいえ、一概に無条件で依存し頼ればいいわけではありません。

よい対象を見つけて依存する、依存のあり方が大切です。

いつも自分の側にたって味方をしてくれる、共感してくれる存在は、

心の拠り所となりそっと背中を押してくれる存在です。

また、自分なりの誇り、相手への信頼のほかに、現実的なことを見極めながら依存することも、

上手な依存の仕方です。

 

 

 

参考文献

「精神分析のおはなし」小此木啓吾著